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2019年10月12日 (土)

い鉄を取り損ねながら出勤

2018年2月8日(木)。今日も自家用車で出勤します。

昨日より、出遅れました。大多喜~小谷松間の祠のところについたときは、タッチの差で5Dが通過した後でした。
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今日はどんより曇っています。全体的に暗いので、冬寒のたんぼに赤い祠が沈んでしまいました。

1枚も撮れないのは残念なので、休憩時間に職場の4階ベランダから撮影します。
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9D大多喜行きを撮りました。351スナフキンでした。

管理職から、退職1ヶ月前に入ったので、退職届を書いてほしいとひな形を渡されました。A4用紙にオール手書き(ワープロ等不可)で書いてほしいとのことです。
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33年勤めたからな。こんなことはもうないだろうからと、毛筆で挑戦しました。墨汁と筆なんて何年ぶりだろう。とりあえず必要事項はもれなく書けたからいいか。これに印鑑をついて、翌日管理職に提出しました。定年退職なら、こんな書類はいらないのだけれどもね。早期退職ですからね。これで、もう後戻りできないな。5年分の割増退職金でも出るし、これでなんとかやっていくしかないな。

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ドックのあとは北斗星

2018年2月5日(月)。今日は退職前の人間ドックを受診するために、予約してある鴨川の病院へ行きました。

自家用車は、海岸沿いの鴨川市営駐車場に停めます。
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風はありますが、今日もよい天気です。

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冬の海は、けっこう波が多いです。

ドックの結果は、後ほど郵送とのことで、検査が終わって簡単な説明を受けて14時過ぎには帰宅となりました。
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今は鴨川市となった旧天津小湊町の北斗星に寄っていきます。

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最初はたこやきとやきそばの店だったのですが、だんだんメニューが増えてきました。

方向膜が「回送」だと閉店。「団体」だと貸し切り営業だそうです。今日はこれです。
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特急「新雪 小千谷」行きです。これなら通常営業ですね。それにしても、「新雪 石打」は、現役時代に何度も見てますが、「新雪 小千谷」があったとは知りませんでした。店内に入って、今日はたこやきをいただきました。

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2019年9月30日 (月)

勉強会「特攻関連施設の跡地をたずねて」(5)

次に砂子浦観音堂へ行きます。
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普段は無人なのだそうですが、今日は講師の方がお願いして管理している方が開けてまっていてくれました。

平成元年(1989年)に震洋会によって奉納された震洋V型の模型を見学させてもらいます。
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先端に爆薬を積み、敵艦船に体当たりする特攻船です。

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後部の両脇に着いているのが12糎(センチメートル)噴進砲です。その他に、13粍(ミリメートル)機銃も一丁装備されています。特攻に際し、身を守る装備はこれだけだそうです。

壕を掘ったのは陸軍で、配属されたのは海軍です。付近の民家に分宿していたのだそうですが、軍からまかない用の食材の提供があったのだそうです。壕を掘る陸軍からの提供に比べて、特攻隊の海軍に提供された食材の方が格段によかったという話しを地元に方からお聞きしました。

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お礼を言って観音堂を後にします。

観音堂から見える砂子ノ浦の湾です。
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青いボートの左脇に見えるのが、格納壕の1つです。けっこう海面よりも高いところに壕があったのがわかりました。

今日の勉強会は、この砂子の浦見学で終わりです。現地解散となって、ここから帰宅することになりました。

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2019年9月29日 (日)

勉強会「特攻関連施設の跡地をたずねて」(4)

大原の小浜を後にして、最後の見学地は勝浦市の砂子浦にある、水上特攻震洋基地です。震洋というのは、先端に爆薬を積んだベニア板製のガソリンエンジンのモーターボートです。何でも、当時の茂原にベニア板の製造で優秀な会社があり、その関係でアメリカ軍の本土上陸に備えて、ベニア板製の特攻ボートが造られたということのようです。
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勝浦駅からミレーニア循環線という小さなコミュニティバスが走る路線の途中に、砂子ノ浦バス停があります。

アメリカ軍の本土上陸があるならば、東京湾からではなく太平洋岸の千葉県からだと日本軍は考えたのだそうです。そこで、昭和20年になってから、本土上陸を目指して外房沖にやってきたアメリカ艦艇に向けての特攻基地を準備していったのだそうです。行川の桜花は、格納壕とカタパルト等が造られただけで、実機は完成せず人員の配置もありませんでした。大原小浜の回天は、すでに実戦で使われて、基地としての壕と訓練を受けた乗員の配置はあったものの、回天が小浜に到着する前に終戦を迎えてしまいました。

震洋は外房沿岸の基地は、笹川、外川、砂子浦、鵜原、安房小湊等に配置されて、砂子浦には第一二九震洋隊として169名が配置されたそうです。震洋の格納庫は岩肌に壕を掘って造られました。
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現在は、元の地主に返されている格納壕です。講師の方が事前にある1軒に許可をとってくれてあり、その壕を見学します。

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2人乗りの震洋V型25艇で1隊だそうです。それだけの船艇を格納するため、いくつもの壕が掘られて、そのうちのいくつかが現在も残っているのです。

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壕の一番奥には縦穴があり、崖の上に続いています。ベニア板製のボートを湿気等から守るための空気穴だそうです。

壕の奧の壁から入口を見てみます。
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かなり奥行きのある壕だということがわかります。

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2019年9月28日 (土)

勉強会「特攻関連施設の跡地をたずねて」(3)

いすみ市の中川を後にして、次は大原の港へ行きます。人間魚雷として知られる、水中特攻艇「回天」小浜基地跡の見学です。第十二回天隊がいすみ市大原の小浜に基地を建設したのは、昭和20年の初夏だという。回天2基を収納する格納壕が3本掘られて、山口県大津島で訓練を受けた隊員6名が大原に到着したものの、回天が大原に到着する前に終戦になったという。

現在、入口がわかるのは3本の壕のうち1本だけです。
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半分以上が土砂で埋まってしまい、外からでは壕の規模がわかりません。

みんな、登って中を見てみます。
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奥までゴミがはいっているわけではなく、奥へ行けばかなりの高さがあることがわかります。海中から斜路レールを敷いて、それに沿ってこの壕に格納する予定だったそうです。

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壕の前の海です。回天は、当初は潜水艦から発射していたそうです。ここ大原小浜では、レールに沿って湾内に牽引しキャッチャーボートで湾外まで曳航した後は、自力で敵艦隊に向けて突撃する計画だったそうです。

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勉強会「特攻関連施設の跡地をたずねて」(2)

近づいてみると、その洞窟の大きさを実感します。
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中央部は水が流れています。ここに2機だか3機、収納する計画だったので、奥行きがかなりあるのです。

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ここが、現在60歳過ぎのおじさんたちの子どもの頃の遊び場だったそうです。

旧中川小学校(この勉強会のときは、まだ現役の小学校)脇には、カタパルト残骸が残っています。
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右側にちょこっと頭を出しているコンクリートがカタパルトの断面です。

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足下のガードレールの外側に見えているヤツです。

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子どもの頃は、まだこれが長く突き出していたそうです。ここで切断して、小学校の校庭になったそうです。その切断した残骸は、どこかに運び出したという記憶はないそうで、たぶんこの辺りの地中に埋まっているのではないかという講師の方の予想です。

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勉強会「特攻関連施設の跡地をたずねて」(1)

2018年2月3日(土)。今日は午後から職場の仲間との勉強会です。OBの元社会科の教員だった方を講師に、太平洋戦争最末期に本土決戦に備えて外房地区に造られた特攻関連施設の中から、夷隅地区(いすみ市、勝浦市)に残る3ヶ所の跡地をたずねるというものです。

集合が上総中川駅近くの夷隅地区多目的研修センター駐車場に13:30です。早めに着いて、いすみ鉄道を撮影します。
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下り63Dがやってきました。302スニフでした。

場所を道路沿いに移動して、上り62Dです。
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菜の花の向こうを行くのは、352ムーミンでした。

そろそろ集合時間です。最初の見学地は、この近くの山の中にある、人間爆弾「桜花四三乙型」発射台と格納施設跡の見学です。講師の方によると、千葉県の行川というところにこの施設を造ったという記録があったのだそうです。それに基づいて、研究者たちは勝浦市の行川地区を何度も探したけれども見つからなかったそうです。ひょんなことから旧夷隅町にも行川という地区があり、巨大な洞窟があって子どもの遊び場になっていたことから、これがその格納施設だということがわかったのだそうです。

旧中川小学校脇の私有地を行きます。今日のために立ち入り許可をとってくれました。
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山の中の、道路のような平坦なところを歩きます。平坦といっても草が生えています。ここが、桜花の移動路になるはずだったところだそうです。

その道路上のものが曲がるところに、こんな遺構があります。
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桜花を載せて向きを変える旋回盤を設置するための土台だそうです。

桜花は結局試作機が2機造られただけで、実戦配備はされずじまいでした。折りたたみ式の翼を持ち、ロケット推進で進む爆弾です。ですから、車輪付きの台車に載せて移動し、最後はカタパルトからジェットエンジで飛び立つという、車輪のない操縦席付きの航空機型ロケット爆弾といったものです。
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これが翼を折りたたんだ状態で桜花を格納するトンネルです。翼をたたむから幅は狭いですが、折りたたんだ翼を収納するため高さがかなりあります。

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2019年9月13日 (金)

職場へ

職場へ行く途中に、大多喜駅の様子を見に立ち寄ります。
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構内は真っ白です。2番線に6Dになるはずの2連が停まっています。それじゃ、その前の列車はどうしたのだろう。

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キハ52にも雪が積もっていました。

職場に着きました。まだ打ち合わせも始まらないので、ちょっと写真を撮りに回ります。
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青空に雪の大多喜城です。

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なべちゃん運転士さんは、この位置で写真が撮りたかったのだろうな。でもチアフルーツに雪の場面はなかったか。

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日陰の中庭には、雪がしっかり積もっていました。

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2019年9月 1日 (日)

会議の後はドイツ村へ(4)

今回のウインターイルミネーション2017~2018のテーマは「メ☆ル☆ヘ☆ン~ときめきスマイル~」だそうです。
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これは魔女ですかね。
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今回はちょっと抽象的なテーマだけど、これだけ広いキャンパスに描かれると圧倒的な迫力を感じます。

そろそろ出口に向かいます。
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レストランへの階段には、スマイルマークが一定時間毎に点灯します。

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こちらも毎年のこと、一定時間毎に煙の入った巨大シャボン玉が打ち上がります。

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今年もキレイでございました。でも、この仲間で来ることは、もうないのでしょうね。

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会議の後はドイツ村へ(3)

今年は一段低くなったところに、こんなゲートがありました。
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下るということは、帰りは登るんだよななどといいながら、みんなで降りていきます。

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宇宙服の飛行士や月着陸船のイルミネーションです。

イルミネーションだけでなく、人もいたのです。
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これ、生きた人です。ときどき動きます。しかしながら、スゴイ体勢です。普通は後ろに倒れますよね。

竹馬?に乗った足の光る人もいました。
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イルミネーションだけだなくパントマイムもあるのが、このエリアのようです。

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光るロケットもありました。このあと一気に丘を登り今年のテーマを眺めることにします。

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