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2011年5月 1日 (日)

路線バスで巡る佐渡の旅(2-6) 

大立縦坑の機械室を出たところで、谷の向かいの山を見ると二つに裂けています。これが道遊の割戸と呼ばれる採掘跡で、鉱脈が薄い板状のものがほぼ縦に走っていて、それを露天掘りで採掘した跡なのだそうです。ただし、これは通常「道遊の割戸」と言われているものを裏から見たものだそうです。この高い位置だから見られるのでしょう。
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再びマイクロバスに乗って移動です。しばらく車窓からの見学が続きます。やがて、「立入禁止」と書かれた道にバスは入っていきます。間ノ山地区という破砕場や分析所があったところです。ここを過ぎると高任(たかとう)地区です。途中、ジグザグの登り坂があるのですが、バスを回転させる余裕がないため、二段目はバックで登るというスイッチバック方式で上がっていきます。鉄には、これだけでも興奮ものです。

登ったところが道遊坑の出口のところで、ここは後で歩いてくることができるそうです。未舗装の道をさらに上ると、そこが高任神社のある場所。そこから歩いていくと、道遊の割戸を正面から見ることができます。
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下の方も、あんなに採掘されていたなんて知りませんでした。道遊坑にまでつながっているそうです。

再びマイクロバスで戻っていきます。佐渡金山そのものは平成元年(1989年)に閉山したそうで、分析所などは閉山まで使われていたそうです。その分析所のガラスには三菱のスリーダイヤモンドが描かれています。なんでも、建設当時はガラスが貴重品で、盗んで使われないために入れてのだそうです。
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マイクロバスでさらに下って、北沢地区に行きます。ここは、自分で来ても自由に見学できるところです。一部の施設は、このツアーではなく相川の散策ガイドさんといっしょでないと入れないそうです。
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青化精錬所・浮遊選鉱場跡です。実際はこれらの施設を覆う巨大な建物がありました。この北沢地区には、トロッコの修理工場などもあり、修理したトロッコを上の線路にあげるためのインクラインがあったそうです。それ以外にも、石炭や物資の輸送にも使われたそうです。
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これで見学が終わり、マイクロバスで再び佐渡金山入口まで送っていただき、ツアーの終了となりました。

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